四方宏明の“音楽世界旅行”〜Around the world

世界中のテクノポップ〜ニューウェイヴ系音楽を紹介。

2024年01月

Honma Expressについて書きます。きっかけはつい先日、高畠由加里さんからいただいたメッセージです。高畠さんの夫である本間柑治(片柳譲陽)さんが2020年4月22日に逝去されたことを知りました。

所属事務所より大切なお知らせ (DS i Love You)

生前の本間さんのメッセージ動画や作品情報が掲載されています。ページの末尾には高畠さんが撮影した写真があり、2015年8月に赤城忠治さんと本間柑治さんが歩いている後ろ姿が映っています(赤城さんの家の近くだと思われます)。赤城さんも2023年7月に亡くなりましたが、Filmsに関わったお二人の逝去は非常に残念です。

以前、POP ACADEMYの別館としてFilmsに関する情報を集めたアーカイブHPを運営していました。現在は閉鎖されていますが、こちらがそのページのスクリーンショットです。
films

Filmsに限らず、関係者の情報も掲載しており、本間柑治さんについても書いていました。Filmsの唯一のアルバム『Misprint』では、MC-8、Moog、System700などの電子楽器を担当し、共同プロデューサーとしても名を連ねています。

『Misprint』は1980年にリリースされましたが、同年、本間柑治さんはHonma Express名義で『You See I…』というアルバムをリリースしました。
HonmaExpress

A1. Unit Cohesion Index
A2. What The Magic Is To Try
A3. Casaba
A4. Fata Morgana(蜃気楼)
B1. Spasmodical
B2. Crazy Dream
B3. Child Of Fortune(運命の寵児)
B4. Idle Curiosity(無用の好奇心)



Discogsで確認すると、ブラジル盤も存在するようです。帯には「テクノ・ポップ」と記されていますが、シンセサイザーと生音、ポップと実験が融合したエクレクティックな音楽です。B1「Spasmodical」では、終盤で急に回転数を落とすなど、あちらこちらに音のユーモアが感じられます。ライナーノーツでは、林潤一というシンセサイザー研究者との対談が掲載されており、本間さんの答えはちょっとシニカルなユーモアに溢れています。アルバムには、Yamaha CS-80、Yamaha SS-30、Moog System 15 & Minimoog、Roland System 700 & System 100、Roland VP-330、Roland MC-8、Sennheiser VSM-201などの電子楽器がクレジットされていますが、対談では本間さんは自身を「エレクトロニクスの専門家ではない」と答えています(実はそんなことないと思います)。

Honma Expressとしては、このアルバムとシングル『What The Magic Is To Try(ワット・ザ・マジック)』(アルバムA2収録曲)のみですが、本間さんが片柳譲陽名義でプロデューサとして参加したTPOにもその影響が見られます。その後、活動をCM音楽制作にシフトされましたが、CM曲「アパルトマン」にまつわるストーリーについては以下の記事で紹介されています。ぜひお読みください。最後に、本間さんのご冥福をお祈りします。

F1中継で何度も聞いた「マンションCM曲」天才作曲家の数奇な人生 (withnews)

友利昴さんが書いた『エセ商標権事件簿』を読み終えました。前作『エセ著作権事件簿』の続編となる過激権利主張ケーススタディーズ Vol. 2となります。500ページ近くの分厚い本ですが、前作同様に面白くていっきに読めました。
ese-shohyoken



商標権の範囲は国によって異なるようですが、言葉以外にもロゴ、シンボル、デザイン、色彩、モーションマークなどの視覚的なもの、サウンドや触感に対しても認められるケースがあります。本書においてもさまざまな業界での事例が紹介されています。僕自身、割とニュースとか見ている方だと思うのですが、知らなかった事例がほとんどです。顛末も含めて、ちゃんと報道されないケースも多いので、こういう形でまとめられていることには、商標権の理解を深めたり、理不尽な訴えを牽制するためにも意義があると思います。

音楽業界に関わるものだけをとっても以下のようなものが挙げられています(権利を訴えた側→訴えられた側)。

矢沢永吉パチンコ店事件:矢沢永吉→平和、パチンコ店経営会社23社
クリスタルキング事件:ムッシュ吉崎→田中昌之
ピンク・レディーdeダイエット事件:ピンク・レディー→光文社
MISIA事件:MISIA→タカラトミー
ELLEGARDEN事件:ELLE→ELLEGARDEN
グッチ裕三事件:グッチ・ジャパン・ホールディングス→小学館
ペンパイナッポーアッポーペン事件:アップル→エイベックス、ピコ太郎
ザ・ローリング・ストーンズ ベロマーク事件:The Rolling Stones→Acid Black Cherry
ミッキーマウス事件:ディズニー・エンタープライゼズ→deadmau5

明らかに金銭目的の悪巧みから、ブランド価値を守るため、感情的になってしまったなどその動機はさまざまですが、市場の健全な発展を支え、消費者と事業者双方に利益をもたらすという商標権の目的から逸脱している主張も見られ、人間が持つ「独占欲」には気をつけないといけないなと再認識させられました。また、不幸にも訴えられる側になった場合、商標権に対する正しい理解をもとに非がないのであれば、毅然とした対応をすることも大事ですね。

Shock解散後の話をします。Shockの中心メンバーだったパントマイマーのTim DryとSean Crawfordは、Tik & Tokと名乗り、Survival Recordsから1stシングル『Summer In The City』をリリースします。こちらは、Tik & Tok名義で唯一の日本盤シングル。「Angel Face」と同様にこちらもカヴァー曲(オリジナルはThe Lovin' Spoonful)です。プロデューサーは、Peter Godwin。彼のバンド、Metroの「Criminal World」はDavid Bowieもカヴァーしました。

Tik & Tok - Summer In The City(1982年)
R-3690573-1340526845-2359



2ndシングル『Cool Running』後にリリースされたのが、『Screen Me I'm Yours』。YouTubeではShock名義でShockのもう一人のパントマイマーだったBarbie Wildeがその動画をアップロードしていることから、Richard Burgessが書いたこの曲はShock時代からの持ち曲だったようです。作風もShockです。このシングルのアートワークは、日本盤の『Summer In The City』とほぼ同じなので、間違えないように。

Tik & Tok - Screen Me I'm Yours(1984年)
R-742004-1155129235



この3rd、4th「Everything Will Change」、5th「Higher Ground」を収録したアルバムが『Intolerance』。ShockのメンバーだったBarbieもバックボーカルで参加しているので、仲違いをしたようではないみたいですね。特筆すべきは、Garyのツアーサポートもしていた縁で、Gary NumanがA3「Show Me Something Real」とB4「A Child With The Ghost」でシンセサイザーで参加し、B4はGaryの提供曲です。また、Garyと縁の深いRussell Bell(Dramatis)も参加しています。歌舞伎風のアートワークといい、B1「Intolerance」では薬師如来というクレジットの琴演奏者によるインストルメンタル曲といい、日本の影響が窺えます。

Tik & Tok - Intolerance(1984年)
R-8710315-1631723914-1691

ちなみにRusselはXでのGaryたちが映ったツィート画像にコメントしています。

Carole Caplin, Gary, Jane Kahn and Sean from Tik & Tok (X)

TikことTim Dryは90年代終盤に僕のサイト、POP ACADEMYを見つけて、以下のメールをくれました。当時にBlitzシーンの様子、YMO、日本文化への興味などを語ってくれました。1982年は来日もしており、ニューロマンティックな装いの日本人が案内をしてくれたそうです。一体誰だったのか、とても気になります。

ロンドンでは1979年から1980年にかけてRusty Eganが始めたBlitzシーンがありました。彼は、初期のDavid BowieやRoxy Music、Kraftwerkなどを流すクラブを運営していました。徐々にこのクラブに訪れる人たちが増え始めました。なぜなら、そこで流れる音楽は、他の場所で流れるものとは全く異なっていたからです。Rustyは、Steve Strangeと名乗る若者をドアマンとして雇い、彼は珍しい格好や華やかな格好をした人々だけをクラブに入れるようにしていました。

約1年後、クラブの人気が高まったため、もっと大きなクラブを探さなければならなくなりました(人々は、たとえ一晩だけでも、退屈で平凡な日常から逃れる必要があるのです!)。新しいクラブは、コベント・ガーデンにあるワインバーで、Blitzと名付けられました。美しい女性のような見た目をした若者が、クローク係として働いていました。彼はBoy Georgeでした!

このシーンは小さく、この時点でロンドンにしかなかったので、みんながお互いを知っていました。ShockはBlitzで演奏し、UltravoxのMidge UreとBilly Currie、間もなくSpandau Balletとなる少年たちなど、多くの人々の前でパフォーマンスをしました。この時、Tik & TokはまだShockの一部で、Ultravoxのために1つのビデオを制作しました。また、Simon Le Bonの彼女だったJane Kahnが私たちの服を作っていたため、Duran Duranとも知り合いでした!

音楽を作る人々は、ヨーロッパの音楽に大きな影響を受けていました。なぜなら、それはより堕落してロマンチックな時代を反映しているように思えたからです。ShockはCabaret Voltaire、Fad Gadget、Talking Heads、自分たち独自のものと同様にYellow Magic Orchestraを自分たちの曲の一部に使っていました。

Shockが解散した後、Tik & Tokはますます日本の文化に興味を持ち始め、1982年には、東京で大規模なヘアエキシビションのパフォーマンスと振り付けを行うために来日しました。私たちは、古い文化、侍の伝統、そして同時に存在する非常にハイテクで未来的な社会という、興奮するような文化の混在を愛しました。私たちは、人々の礼儀正しさ、優雅さ、そしてエレガンスに感銘を受けました。それは、未来を訪れるようなものでした!

私たちは、衣装やステージショーに日本の影響を多く取り入れて帰国しました。私たちは、能や歌舞伎の要素を使用し、山海塾という素晴らしい舞踏団を見て感銘を受けました。また、私たちはオープニングのパフォーマンスをロボットのスタイルから忍者に変更しました。さらに、私たちは感激のローランドSH 101シンセも持ち帰りました。若い日本人が西洋のポップ音楽や文化を取り入れながら、自国の文化にも誇りを持ち、意識していることを見るのは非常に興味深いことでした。

Tik & Tokが東京にいた時、私たちを案内してくれる日本人の友人がいました。彼は、黒い1960年代のロンドンタクシーで私たちを運転し、Jane Kahnのニューロマンティックな服を着ていました!もちろんYMOが好きでしたが、何よりも坂本龍一のソロが気に入りました。そしてSandii & The Sansetzも! 彼女は非常にセクシーで魅力的でした!

そして、日本食や美しい女性たちも素晴らしかったです!


Tikが書いたオリジナルの英語の文章は、POP ACADEMYに掲載後、Tik & Tokの公式サイトに今も掲載されています。

The Blitz And Japan (Tik And Tok)

Discogsでも関連付けられていないのですが、TikはTony Lewis(Aphroditeというパンク・バンドにいたBeki Bondageをプロデュース)と組んで、The Wang Bros.名義でThe Beatlesの「While My Guitar Gently Weeps」をニューウェイヴ風カヴァーしています。残念ながら、プロモーションされずに鳴かず飛ばずだったと、YouTubeでTikはぼやいています。

The Wang Bros. - While My Guitar Gently Weeps(1985年)
R-7462759-1441979658-4241



Tik & Tokのリリース元、Survival Recordsは他にもマイナー系エレクトロポップ・アーティストの宝庫となっているので、Rare Waveとしてさらに掘っていきます。

昨年から長らく放置状態だったアナログ盤を聴き直したり、新たに買い集めたりしています。色々調べ直してみると面白い発見もあったりするので、ここで比較的レアなアーティストや楽曲を中心に順次紹介していきます。第1回はShock。アルバムも出さず、日本盤も出ないままに、消滅したので、日本での知名度は低いですが、ニューロマンティックのエッセンスが詰まったパフォーマンス集団です。

こちら、彼らの1stシングル『Angel Face』のジャケです(所有しているのはアートワークなしの12"シングルで、こちらは7"シングル)。

Shock - Angel Face (1980年)
R-39906-1328378175

左から、LA Richards、Robert Pereno、Tim Dry(ピエロみたいな人)、Barbie Wilde、Sean Crawford、Karen Sparksです。PVを見るとわかってもらえると思いますが、男女ともいい意味でケバい。彼らの衣装はDuran Duranなどの衣装を手掛けたKahn & Bellによるもの。3人のパントマイマーと3人のディスコダンス・チャンピオンがやっているのでビジュアル的にも映えます。サウンドは、ニューロマンティックの仕掛け人的存在のRichard Burgess(Landscape)とRusty Egan(Rich Kids、Visage)が手掛けているだけあって、スピード感にあふれています。



これがカヴァーだと気づく人は相当のグラムロック・マニア。「Angel Face」のオリジナルは、グラムロックのあだ花的存在のThe Glitter Band。70年代サウンドが80年代サウンドになるとどう変わるかが感じ取れます。現在79歳のGary Glitterは性犯罪者指定刑務所にて8年間の服役を経て、昨年仮釈放となりましたが、制約を守らなかったため今も服役中。

The Glitter Band - Angel Face(1974年)
R-1661534-1235246017



カップリングの「R.E.R.B.」はかっこいいインストルメンタルですが、タイトルは曲を書いたRusty EaganとRichard Burgessの頭文字。Shockの作品というよりも二人の作品ですね。

最後の作品となった2ndシングル『Dynamo Beat』では、RobertとKarenが抜け、Carole Caplinが加わって、ドラキュラ伯爵とロボット男、中世風ゴシック嬢が入り乱れるホラー映画の様相となっています。ちなみにAdam Antとも浮名を流したCaroleは、後にTony Blair首相のフィットネス・アドバイザー、Cherie Blair夫人のスタイル・アドバイザーとなります。

Shock - Dynamo Beat(1981年)
R-197107-1265645697



デジタル音源があるかと探してみると、Rusty Eganが手掛けた『Blitzed』というニューロマンティックの舞台となったクラブ、Blitzを描いたSky Artsのドキュメンタリー用に作られたコンピレーションにShockの「Angel Face」「R.E.R.B.」「Dream Games」(「Dynamo Beat」のB面)が収録されています。Apple MusicやSpotify、Amazon Musicでも聴けます。

Rusty Egan Presents; Blitzed(2022年)
R-17887198-1616004416-4246

ドキュメンタリーのトレイラーは見れますが、日本でフルで見ることはできないのが、残念です。

Blitzed Trailer


RUSTY EGAN: The Blitzed Interview (ELECTRICITY CLUB)

Shock解散後のメンバーの動向については続編で!

↑このページのトップヘ